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名古屋高等裁判所 昭和43年(ラ)51号 決定

抗告人

岸江広造

ほか二名

代理人

及川昭二

相手方

森岡仙之助

主文

一、抗告人岸江広造の抗告を棄却する。

二、原決定中、抗告人鈴木五雄、同大形信生に対する部分を取消す。

三、相手方の抗告人鈴木五雄、同大形信生に対する異議申立を棄却する。

四、申立費用及び抗告費用は、これを三分し、その一を抗告人岸江広造の、その余を相手方の各負担とする。

理由

一本件抗告の理由は別紙(一)記載のとおりである。

二一件記録によれば、抗告人岸江は、大形久志に対する別紙(二)目録記載の債権の担保として、同人から、その所有に係る別紙(三)記載の商標権に対し、質権の設定を受け、これが登録手続を経ていたものであるところ、昭和四二年九月五日、右質権付債権のうち金二五〇〇万円の債権を、抗告人鈴木に譲渡し、翌日、その登録手続を了し、更に、同年一〇月二六日、残債権のうち金一五〇〇万円の債権を、抗告人大形に譲渡し、翌日、その登録手続を了した上、同年一一月一〇日、債務者大形久志に対し、同日付内容証明郵便(郵便官署の証明文のスタンプの日附四二、一一、二一)をもつて、右各債権譲渡の通知をなし、同債務者は、同月二三日の確定日付ある書面でこれを承諾した。

しかして、右商標権は、その後、右大形久志から有限会社御福餅本家を経て、有限会社小橋物産店に譲渡されたところ、抗告人らは、右大形久志に対する前記各債権の弁済に充てるために、右商標権に対する質権を実行すべく、同年一二月四日、共同して、津地方裁判所伊勢支部に対し、右商標権に対する差押命令及び換価命令を申請し、同庁は、同月二二日、これを認容して、右差押命令及び換価命令を発した。

これより先、相手方は、抗告人岸江に対する別紙目録(四)記載の貸金債権につき作成した公正証書の執行力ある正本に基づき、右債権の弁済に充てるため、津地方裁判所に対し、抗告人岸江の大形久志に対する前記質権付債権中金二八〇〇万円につき、差押命令を申請して、同年一〇月二七日、右差押命令を得、同命令は、第三債務者大形久志及び右商標権の取得者有限会社小橋物産店に対し、昭和四二年一〇月二八日に、債務者(抗告人)岸江に対し、昭和四三年一月二二日に、夫々送達せられた。

そこで、相手方は、抗告人らの前記各債権譲渡は、いずれも、その債務者に対する債権譲渡の通知及び債務者の承諾が、本件債権差押命令の送達後になされているので、相手方に対抗し得ないとして、昭和四三年四月九日、津地方裁判所伊勢支部に対し、右商標権に対する差押命令及び換価命令について、執行方法に関する異議の申立をなし、同庁は、同月二〇日、これを認容して、右差押命令及び換価命令を取消し、抗告人らの該申請を却下したことが明らかである。

三抗告理由一の点について

抗告人らの右抗告理由は、要するに、抗告人岸江に対する前記債権差押命令は、特許庁に対する登録がなされていないので、商標法第三五条により準用される特許法第九八条により、その効力を生ぜず、したがつて、右差押命令によつては、抗告人らの被差押債権の取立を禁じ得ない、というに帰する。

しかしながら、特許法第九八条で登録を効力発生要生要件としている「質権の処分の制限」とは、同規定の文言自体からして、「質権それ自体の処分を直接制限する場合(例えば、転質の制限の如し。)」を指称し、被担保債権に対し加えられた制限に伴い、必然的に質権の処分が制限されるが如き場合は、これに含まれないものと解すべきである。これを本件についてみるに、本件債権差押命令は、本来、差押債務者に対し、差押債権者に対する関係において、被担保債権の処分を禁ずるものであるところ、担保物権の附従性により、当然に、その質権についても差押の効果が生ずるのであるから、本件債権差押命令は、その登録を経るまでもなく効力を生ずべきものというべきである。

よつて、右抗告理由は、失当であるから採用できない。

四抗告理由二の点について

商標権を目的とする質権付の債権の譲受人が、その移転登録手続を経たときは、未だ、その被担保債権の譲渡について対抗要件を具備していない場合でも、右譲受人は、その質権の実行をなし得ることは所論のとおりである。

しかしながら、譲受人において、その債権譲渡の対抗要件を具備する前に、第三者から、その債権を差押えられたときは、債権の譲受人は、右債権の譲受けをもつて、差押債権者に対抗し得ないから、その質権の実行もなし得ないこととなる。

しかして、前示認定事実によれば、抗告人岸江から、抗告人鈴木は、金二五〇〇万円、同大形は、金一五〇〇万円の各質権付債権を譲受け、その登録手続を了したが、未だ、その債権譲渡についての対抗要件を具備する前に、本件債権差押命令が発せられて、その効力を生じたことが明らかであるから、抗告人鈴木、同大形は、右債権(但し、本件債権差押命令による被差押債権額の限度において。)の譲受けをもつて、差押債権者たる相手方に対抗し得ず、したがつて、右債権取立のために、本件質権を実行することはできない。

よつて、右抗告理由も亦失当であるから、排斥を免れない。

五しかしながら、一件記録によれば、本件債権差押命令は、別紙(二)目録記載の金五〇〇〇万円の債権のうちの金二八〇〇万円について差押をなしたものであることが明らかであるから、その差押の効力は、残余の金二二〇〇万円の債権には及ばないものと解すべきところ、抗告人らの本件商標権に対する差押並びに換価命令の申立債権中、抗告人らのいずれかの債権に、右金二二〇〇万円の債権が含まれていることは、その申立自体に徴し明らかである。とすると、右金二二〇〇万円の債権を有する抗告人は、その限度において、差押債権者に対抗し得るものであるから、これが取立のためになしたる質権の実行は適法である。

そこで、右金二二〇〇万円の債権が、抗告人らのいずれの右申立債権中に含まれているかについて考えるに、仮りに、抗告人岸江と抗告人鈴木、同大形との前記債権の譲渡が、本件債権差押命令の発効後になされたものであれば、右金二二〇〇万円の債権は、債権の譲受人に譲渡されたものと推認すべきところ、本件においては、前示の如く、抗告人らの右債権譲渡は、本件債権差押命令の発せられる以前になされたものであるから、抗告人らのいずれの債権に、右金二二〇〇万の債権が含まれているかは、にわかにこれを明らかにすることができない。

しかしながら、かかる場合には、第三者保護の見地から、右金二二〇〇万円の債権は、債権の譲受人たる抗告人鈴木、同大形に対し、同人らの各譲受債権額に按分して譲渡されたものと解するのが相当である。

とすると、抗告人岸江については、その有する被担保債権の全額が、本件差押命令によつて、差押債権者に対する関係において、その処分が禁じられているのであるから、右債権の取立のために、本件質権を実行することは、許されないものというべきであり、抗告人鈴木、同大形については、いずれも、その有する被担保債権中に、本件債権差押命令による被差押債権以外の債権(抗告人鈴木については、金一三七五万円、同大形については、金八二五万円)を含んでいるから、これが取立のために、本件質権の実行をなし得るものというべきである。

よつて、抗告人岸江の抗告は、理由がないから失当として棄却すべきであるが、抗告人鈴木、同大形の抗告は、いずれも理由があるから、原決定を取消し、相手方の右抗告人両名に対する異議の申立は、理由なきものとして棄却することとし、異議申立費用及び抗告費用につき、民事訴訟法第八九条、第九六条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり決定する。(県宏 可知鴻平 浪川道男)

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